第5期叡王戦七番勝負が白熱しています。2回の千日手が発生し、迎えた第8局では角換わりの最新形となりました。この記事では、現在有力視されている角換わりの超急戦を紹介します。
叡王戦の流れ
叡王戦のここまでの流れをおさらいしておきましょう。第1局目からの戦型と勝敗は以下のとおりです。
8局目は豊島竜王・名人はもう負けられないカド番に立っていましたが、この時に採用した秘策が角換わり・☗4五桂超急戦です。
8局目終了時点で3勝3敗2持将棋で、激闘の様子が見垣間見えます。なお、この戦法にまだ正式な名称がないので、この記事では「☗4五桂超急戦」と呼んでおきます。
参考:叡王戦公式ホームページ
☗4五桂超急戦とは
第1図は角換わりの序盤で、叡王戦第8局もこの局面を迎えました。☗4五桂超急戦は、ここから☗3五歩☖同歩☗4五桂(=第2図)と仕掛けます。
☗4五桂超急戦は無駄な手を全て省いて、最速の仕掛けを目指した作戦です。
この作戦は近年注目されている仕掛けで、数年前までは存在しなかった仕掛けです。事の発端は藤井聡太二冠が当時羽生九段を一刀両断した第3図の将棋だと思います。
第3図は2017年の藤井聡太四段炎の七番勝負の第7局、☗藤井四段対☖羽生三冠戦です。(肩書は当時)この将棋は藤井四段が☗4五桂から仕掛けて完勝したことは覚えている方も多いと思います。
この将棋を境に、後手は☗4五桂の仕掛けを警戒するようになります。そして行きついたのが第1図―――という流れです。(厳密には1筋の突き合いがない第4図が先に指されるようになっています。)
第1図自体はすでにプロでも実戦例がある仕掛けですが、豊島竜王・名人も勝算アリと見て採用したものと思います。
なお、この記事で☗4五桂「超」急戦と呼んでいるのは、実はもう少し遅いタイミングで☗4五桂を狙う指し方もあるためです。
☗4五桂超急戦のシミュレーション
前置きが長くなりましたが、☗4五桂超急戦の焦点は第1図、第4図から☗3五歩☖同歩☗同飛の仕掛けが成立するか―――というところにあります。
この記事では、第1図、第4図からの攻防を強豪AIにシュミレーションしてもらいました。
対局条件
第1図、第4図から☗3五歩☖同歩☗4五桂と仕掛ける将棋を、AIに100局ずつ指してもらいました。(=第2図、第5図)対局条件は以下のとおりです
- 使用ソフト:JKishi18gou_m
- 持ち時間:秒読み5秒
- 対局数:第2図、第5図から各100局ずつ
対局結果
対局の結果を表1にまとめました。
ソフト同士の対局では、先手が勝ち越しています。特に1筋の突き合いがある第1図は80%を超える高勝率を叩き出しており、端歩の交換は先手の得になりそうです。
仕掛け以降の手順について
本項は長く複雑になるので、細かい変化に興味のない方はまとめまで流し読んでくださいね。
第2図(端歩の突き合いあり)以降の手順
まずは第2図以下の進行を紹介します。第2図では、☖4四銀と☖2二銀が考えられますが、勝率はどちらの手もあまり差がありませんでした。
以降の展開を簡単にまとめておくと、
①☖4四銀には☗1五歩(=第6図)と突きます、以下、(1)☖1五同歩には☗3四角(=第7図)で先手良しです。次の☗2四歩~☗2四飛が厳しく、☖4一角と受けるのでは面白くありません。
したがって、☗1五歩には(2)☖8六歩から攻め合いになっていました。
第6図の☗1五歩に☖8六歩の変化は激戦に見えますが、シミュレーションの結果は18勝4敗で勝率82%と先手が大きく勝ち越していました。
また、②☖2二銀にも☗1五歩(=第8図)と突きます。以下、(1)☖1五同歩には☗2四歩☖同歩☗同飛☖2三歩☗6四飛(=第9図)と進み、☗1三歩からの端攻めを狙う展開です。
ちなみに、叡王戦第8局は第9図の☗6四飛に代えて☗3四飛としていました。評価値は☗6四飛と☗3四飛で大きく変わらないので、好みで選べると思います。
また、第8図の☗1五歩に対しては手抜きで☖4四歩(=第10図)も指されています。以下、☗2四歩☖同歩☗1四歩☖4五歩☗1三歩成(=第11図)と進みます。
第11図は激戦に見えますが、先手の14勝3敗(82%)で、これも後手が苦しそうな戦績です。
第11図以下、☖1三同香☗1三歩☖3六桂の進行は9局あったのですが、先手の全勝でした。☗2四飛~☗6四飛のときに後手玉が狭くなってしまう(6筋に金銀の壁ができる)のがたたっている傾向にありました。
結局、☖2二銀型、☖4四銀型ともに☗1五歩に対する対処が難しく、1筋の突き合いは先手に有利に働くと見て良さそうです。
第5図(端歩の突き合いなし)以降の手順
1筋の付き合いは先手に有利に働きました。そもそも、後手は☖1四歩と受けずに他の手を優先してくるかもしれません。☗1六歩を省略しても☗4五桂超急戦が成立すれば、先手はさらに仕掛けの形を作りやすくなります。
ということで、第5図の形にも需要があるというわけです。第5図以下の指し手と勝率を表3にまとめてみました。
①☖4四銀は相変わらず苦戦していますが、②☖2二銀は後手も頑張っています。
第5図以下、①☖4四銀には☗2四歩☖同歩☗同飛☖2三歩☗2九飛(=第12図)と進んでいます。
第12図からは☗3八金~☗6八玉と穏やかな流れになりますが、桂を取られる心配がなく、☗3三歩や☗3四角などの攻めが残っているので先手が指しやすそうです。
実際、第12図は先手の33勝7敗で、83%の高勝率となっていました。
表3で見たとおり、有望そうなのは第5図で☖2二銀と引く変化です。以下、☗2四歩☖同歩☗同飛☖2三歩☗6四飛☖5二金☗2四歩☖同歩☗6六角(=第13図)が主要な変化でした。
1筋交換型(第2図)では☗1五歩から手をつけていましたが、端の交換がないので☗6六角から攻めを見せています。第13図で☖3六歩と突き出すことになりますが、この変化は先手の7勝10敗で(41%)で、先手負け越しの変化となっています。
変化は多くて複雑なため、簡単に結論を出すことはできませんが、1筋の付き合いがない形では☖2二銀型の攻防がキーポイントになりそうです。
対局結果まとめ
対局結果のまとめです。
- 1筋を突き合った第2図では、☗4五桂に対して☖2二銀でも☖4四銀でも1筋から攻め切られる可能性が高いです。
- 1筋の突き合いのない第5図は☗4五桂に☖2二銀で後手も頑張れる可能性があります。
最も後手が頑張った第5図から☖2二銀でも先手は五分以上の勝率を出していたので、☗4五桂超急戦は非常に有力な仕掛けと考えられます。
☗4五桂超急戦まとめ
☗4五桂超急戦は豊島竜王・名人が叡王戦のカド番に持ってきた秘策でしたが、シミュレーションの結果からは非常に有力な仕掛けと考えられます。
後手は第2図や第5図からの仕掛けに対して、対抗策を見つけることができるのか、それともこれらの形を避けるようになるのか、要注目です。